Mac星人「ひと」を描く

Mac星人です

3年生で描いた2作目は「人」

「はな」を描いた後、課題で出たテーマは「ひと」でした。花といい人といいとても括りとしては大雑把で、何かを象徴してでもよし、内面からずっと追いかけて描くもよし。人としての自分の経験値を描いてもよしだったでしょうが、先生はそんな説明はしませんでした。

まず、取材を行います。取材ってなんか記者みたいな言い方ですが、「人」を求めて、取材します。スクーリング中だったので、学内とその周辺です。
一回り学内を回ったのち、caféで休憩中、ふと周りを見たら、回りの「人」はみんなスマホを見ています。グループで座ってる人なんかもおしゃべりをしながら、皆目はスマホに釘付け。その中でも隣の席の彼女は、完全に意識はスマホの世界に没入していました。一心不乱。で失礼ながら、その姿をイメージでスケッチさせていただいて出来上がったのが、上です。肉体の細胞も目になっているような、体全部が電波に乗って、意識はスマホの向こうの虚空間を彷徨っています。絵の中の後ろの彼もそうです。スマホの中を飛び回っている感じでした。首から下は頭を支えて椅子に座っているだけでした。彼も彼女もすっかり取り込まれた感じが面白くて。
「現実」というのは本当はそう認識を自分がしているだけであって、本当はそれが本当に実世界の存在ではないのではないか?どれが現実で、どれが虚構の世界世界なのか。それって人によって違うんじゃないだろうか?と思えるような姿でした。今やデジタルな世界がなければ、二進も三進(にっちもさっち)もいかない世の中です。スマホやテレビもですが、なければ目に見えない世界の様子は、全くわからない世の中です。昔、つい100年程前までは、日々の生活はそんな世界の情報のない生活でした。
そこでふと思ったのですが、「鬼滅の刃」で鬼が夜しか活動できないのですが、それって田舎では街灯もない状態だったから生き残れた話なんですよね。今、鬼がいれば、どうでしょうか。

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ABOUTこの記事をかいた人

Macが大好で、絵が描きたくて芸大へ行って学び直した「画家」です。夢に向かってもがきながら進んでいきます。 2024年にニューヨークで私の絵が展示されました。これからが楽しみです。